クレーのある部屋2 The Room with pictures of Paul Klee – 2

クレーとの再会

わたしがクレーのアートプリントを家に飾り始めたのは、投資銀行をやめ、常盤台にかえってきた時だった。わたしはオフィスとは別に、自宅での来客が多い。そのため応接間を作った。応接の壁に何もないと殺風景である。そこで絵を飾ろう、ということになった。さて、どんな絵を飾ろうか。

わたしは大学生の頃に、たまたまパウル・クレーという線と、幾何学的な形、色彩をあやつる繊細でやわらかい作風の抽象派の画家がいることを知った。当時、絵画にのめりこむことはなかった。しかし、クレーという画家がいるということはわたしの脳裏に焼き付いた。

もともとは印象派の絵が好きであった。子供の頃、大手出版社の企画で、世界の名画(プリント)を毎月1作ずつ送ってくるというシリーズがあり、母がとってくれた。「芸術にふれることも大事なのよ」と言っていたことを覚えている。細かいことは覚えていないが、毎月送られてくるすべての絵を自分の部屋に飾ったわけではなかった。ほとんどの絵が書棚に重ねられていた。

気に入った絵だけを何作か壁に掛けた。気に入ったのは印象派の絵であった。覚えているのはゴッホの自画像、ひまわり、クロード・モネのアイリスの庭、セザンヌのカード遊びをする人々などだ。ゴッホは何といってもその強烈な個性。そして、絵画といえばまずがゴッホであろう、と単純に思ったためだ。

ただし、最も長くかけられたのはドガの踊り子の絵だった。好きだったためであるが、半分近くは怠慢からだったかもしれない。でもドガの絵が気にいっていたことは確かである。踊り子がかがんでバレー靴を調整している姿。色彩に富んだ絵ではなく、どちらかといえば地味な絵であったが、そこに何か切なさとユニークさを感じたのかもしれない。

応接に飾る以上、なにかひと味ちがう、ユニークでオシャレでかつ品のよい絵(アートプリント)をかけようと思った。その時、思い浮かんだのが、大学時代に知ったパウル・クレーであった。クレーにはおびただしい数の作品がある。とっつきやすい絵から、癖のある絵まで様々だ。応接という性格上、あまり癖のある絵は選べない。クレーの中でも、ある意味では強い個人的な好みを抑えた絵からはじめる。そして、徐々に自分の好みを主張した絵を飾っていく、ばくぜんとこのような考えをもった。

もっともパウル・クレーの絵(プリント)を飾るということ自体が一つの大きな主張であり、自らのセンス、好みを反映したものであろう。そのことに大きな意味を感じたのだ。

そこで選んだのが、「Southern Garden. 1914.」というMサイズの絵(プリント)だ。これは、印象派の延長線上にある絵であるといってよいだろう。応接に入る前の吹き抜けの玄関空間にかけた。とてもエレガントで、やさしく、すばらしい空間を作り出してくれた。自分の好み、クレーならではの作品を飾りたい、という欲望をあえて抑えて選んだのだが、かけてみて、この絵のすばらしさを知ったといえる。

画集から選ぶときの絵の印象と、かけたときの絵の印象が違うときがある。それはかける空間と絵の相性といってよいだろう。

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