クレーのある部屋7 The Room with pictures of Paul Klee – 7

創造の告白 ”Creative Confession”  (1920)

クレーは、1920年、41歳のときに「創造の告白」(“Shöpferische Konfession”, or “Creative Confession” in English)を,美術誌(“Tribune der Kunst und Zeit”, Berlin)に発表している。同年、クレーはバウハウス(Bauhaus)の教授に招かれている。

バウハウスは、ヴァイマル共和国(Weimarer Republik)に設立された、工芸、写真、デザイン、美術、建築など総合的な教育機関である。33年にナチスにより閉校されたが、当時を代表する芸術家ヨハネス・イッテンやワシリー・カンディンスキー、パウル・クレーなどが教鞭をとり、モダンデザインの基礎を作り世界に多大な影響を与えた。

クレーは、21年にヴァイマルに移り、バウハウスの教授に就任している。25年にバウハウスはデッサウに移る。デッサウのバウハウスの教授用住宅にカンディンスキーと隣り合って住み、親交を深める。33年にバウハウスは閉校に追いやられ。クレーもドイツを去り、故郷スイスのベルンに移る。

カンディンスキー(1966-1944)は、クレー(1979-1940)より13歳年長であり、1911年に親交を結んだ、といわれる。クレーは同年の日記に「個人的に知ることで、益々深い共感をおぼえる。並はずれて明晰で、すばらしい頭脳の持ち主だ」とし、カンディンスキーへの尊敬と信頼を書き記している。勿論、二人は親友であると同時に、強烈なライバルであったであろう。切磋琢磨することによってそれぞれがその芸術性を高めていったと思われる。良きライバル、好敵手をもてることは、自らを成長させてくれる。幸せなことだ。これは自らの経験からも言える。

「創造の告白」の冒頭に、芸術に関する、そして、抽象画家としてのクレーの有名な言葉がある。

芸術は、見えるものを再生産するのではない。見えるものをつくるのだ。抽象(the abstract)へ向かわしめる傾向は、線形的表現そのものにある。輪郭に閉じられたグラフィックイメージは、おとぎばなしの性質を帯びると同時に、きわめて正確にして精密なものである。グラフィックが純化されるほど、つまり、線形表現の根底にある形式的要素が多ければ多いほど、現実に見える具象(realistic representation)はより不適切になる」

“Art does not reproduce the visible; rather, it makes the visible. A tendency towards the abstract is inherent in linear expression: graphic imagery being confined to outlines has fairytale quality and at the same time can achieve great precision. The purer the graphic work – that is, the more the formal elements underlying linear expression are emphasised – the less adequate it is for the realistic representation of visible things.”

テクノロジーの発展により現実の模写、見えるものの再生産、つまりシンプルなリアリズムは芸術家のやるべきことではなくなった。芸術的創造とは、見えるもの(the visible)を創造すること、外的リアリズムではなく、内的リアリズムである、ということになるだろうか。

注目すべきは、「線形的表現の輪郭(outlines)のうちに閉じ込められたいイメージはおとぎばなしの性質を帯びている」と述べていることだろう。

「線形に閉じ込められたおとぎばなし」的傾向こそ、クレーのクレーたるべき特質だと思う。これはおなじ抽象画でも例えばカンデンスキーと比べた場合の、クレーの特徴であるといえるだろう。カンデンスキーは、より線形的、幾何学的表現を純化させ、そこにおとぎばなし的な傾向を減少させていった、とわたしには感じられる。クレーは、線形表現の中に閉じ込められたおとぎばなし、イメージの世界を広げていった、という感じがする。そこにカンディンスキーと比べた場合の、クレーのやわらかさ、やさしさ、詩的イメージの強さが感じられるのである。

正確無比な緻密な幾何学的表現ということになると、カンディンスキーもいいなと思うこともある。わたしは、クレーのソフトな内的、詩的リアリズムが好きなのであるが、幾何学表現の正確無比な緻密さを追求してカンディンスキーに傾くことがある。アフロのアトリエで、この話をしすると「中湖さんは、クレーの人ですよ」と古賀さん、松村さんに言われることがある(笑)。あまりコレクションがひろがりすぎると心配してくださったのかもしれない。また、わたしがクレーを深めることへの期待だろうか。本当にありがたいことだ。

わたしがクレーに魅かれるのは、まさにその線形的表現に閉じ込められた詩的世界、やわらかさ、人間味、やさしさ、なのだ。

“Rote Säulen vorbeiziehend”   (1928)

クレーの線形表現に閉じ込められた詩的世界をあらわした、わたしの好きな絵(アフロプリント)だ。

にほんブログ村 本ブログ 詩集・歌集・句集へ   にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ   にほんブログ村 本ブログへ