クレーのある部屋8 The Room with pictures of Paul Klee – 8

奇妙な味 ”Hoffmannesque Scene” (ホフマン的風景)  1921

吉行淳之介に『夢の車輪 パウル・クレーと十二の幻想』(文芸春秋社 1983)という短編集がある。これは、クレーの12枚の絵に「匂い付け」した短編小説がセットになったものである。概ねA5判のハードカバーで厚手のコート紙をつかった136ページほどの本だ。

この本のあとがきともいえる図版解説で、吉行淳之介は次のように述べている。

「パウル・クレー(1879~1940)への偏愛が、昔からつづいていて、その絵はいつも私を刺激し興奮させる。もう一つ、『奇妙な味の小説』に対しての嗜好が私にはある」

絵と文を組み合わせるページを12回受け持つことにしたという。出版社が持ち込んだ企画なのだろうか。

「クレーの絵画論はじつに興味深いもので、その『内的リアリズム』の思考は、そのまま私が小説について考えてきたことと一致する。クレーの思考は緻密で厳密であるが、できあがった絵は幻想味にあふれている。ここが注目しなくてはいけないところだ」

前回触れたようにクレーは『創造の告白(“Creative Confession”,1920)』で、「抽象へ向かわしめる傾向は、線形的表現そのものにある。輪郭に閉じられたグラフィックイメージは、おとぎばなしの性質を帯びると同時に、きわめて正確にして精密なものである」と述べている。吉行淳之介の芸術家としての感性は、クレーと共通しているところがあるのだろう。

そして、巻末の13枚目の「無題(もしくは静物)」という絵について、次のように述べる。

「昭和38年(1963)、私はクレーの「砂の上の植物群」(「砂上の植物たち」とも訳せる)という絵の画題を借りて、同名の長編小説を書いた。クレーの最後の作品(無題、もしくは静物)についてのこの見解*は、そういう私の思い入れの強さを示していることになるかもしれない」

* 「生きているクレーがこの世のものとはおもえなものを描いたのではなく、すでにあの世に行っていて描いた作品におもえてくる。其処ではもはやクレーはクレーではなく、署名がないのは当然ということになる」という見解。

12の短編の中で、三番目の「白と黒」が特に印象に残った。そこに載っているのは、”Schwarzer Furst (黒の王子) 1927″という絵だ。女、白と黒のチョコレート、シェイクスピアの「オセロ」の美女デズデモーナ(白)とムーア人のオセロ(黒)、ブランデー、チェス盤、黒人の召使、などがでてくる。最後は「黒い闇がかぶさってきて、なにもかもそこに呑み込まれてゆく」という話。まさに奇妙な味だ。

「砂の上の植物群」の題名を借りたというクレーの”Flora auf Sand”(1927)は、版権をどこかがおさえているらしくアフロでも扱っていないということであった。調べてみると多彩でとても明るい作品である。アフロのリストでいうと”Southern Gardens”(1919)に近いといえるだろう。ただし、”Flora auf Sand”は、さらにカラフルである。

吉行淳之介の同名の長編小説は、潜在意識にある既に亡くなった父親の存在と、二人の女性、姉妹との性をテーマとしたものだ。陰鬱とまではいかないが、クレーの絵の南方を思わせる明るさはない。おそらく吉行氏はその絵の題名に触発されたのだろう。小説の中で、クレーのこと、クレーの日記の言葉などがでてくるが、小説の筋と直接関係はない(ように思う)。クレーを登場させることによって、象徴的に作品の芸術的イメージを高めている。

「芸術は、見えるものを再生産するのではない。見えるものをつくるのだ」というクレーの「創造の告白」を吉行淳之介は、内的リアリズムと呼んでいる。吉行氏の「奇妙な味」の作品群は、その内的リアリズムの果実であるといえるだろう。

吉行淳之介は性の作家と呼ばれることがある。しかし、「性」が主体なのではなく、「性」という世界を文学表現の対象として設定した、きわめてきまじめな、むしろ学究肌の作家という気がする。幾何学的で、透明な文章表現を特徴としている。それは、絵画と文学の違いはあるが、クレーに通ずるところがある。

吉行氏は、この図版解説のなかで、「クレーと絵の題の関係について、勘違いをしていた。あの独特の題が先行している、とおもっていた。その後、それは逆であることを納得できる研究書の記述を読んだ」と述べている。言葉にひっぱられるのは、やはり小説家のゆえなのかもしれない。

わたしは、クレー的な奇妙な味の作品のひとつとして、

“Hoffmannesque Scene”  (1919) (ホフマン的風景)

をあげたい。この作品はインテリアの隠し味として使いたいと思っている。

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